このところ「アンチグローバリズム」、「グローバリゼーションの終焉」という主張が目立ち始めた。これは現在のグローバリゼーションは米英が始めた「新自由主義」であり、米英の力が衰退する時グローバリゼーションは終わるという狭義な見方である。また、グローバル化を国境がなくなることだと単純にとらえ、国の一部が独立運動を起こすような動きが強くなるとグローバル化の敗北のようにとらえる政治色の強い見方でもある。こういった主張を聞いて早とちりして、日本人がせっかく第二次世界大戦敗戦後の世界の仕組みから脱してキープレーヤーになりうる可能性のドアを開けかけているのに閉めてしまうという愚かなことをしないようにしたい。

 グローバリゼーションと自由主義を同一だと見るのはあまりにも誤解が大きいし、日本にとっては命とりである。3つの理由をあげよう。

 第一に今回の世界のグローバル化は共産主義諸国も市場原理に移行し、“世界市場”が出現して原則どの国のどの企業もフェアな競争を行って成果をあげるようになったという、経済システムの大変化によってひきおこされた。ソ連邦の市場原理への移行には確かに米英の役割が強かったけれど偶然の要素も強く、中国を中心とするアジア市場の出現は日本の極度の円高によってひき起こされ、ラテンアメリカ市場の出現は北米自由貿易協定によってメキシコが市場として浮上したことが引き金となっている。90年代半ばのデイジタル革命や規制緩和による国を超えた資本の動きはグローバル化を加速させ、世界の価値観をほとんど正反対の方向にシフトさせた。21世紀になると世界中の多様な人々の意識は変化し、後進国は彼ら自身のモデルをつくって新興国として台頭。90年代には70ケ国が競争法を導入した。こうした市場原理に基づくビジネスモデルの進展のほかに人口ピラミッドの底辺の人々を対象とするソーシャルビジネスも生まれ影響力が広がっている。つまり今回の世界のグローバル化は米英だけのコントロールを不可能にし、不可逆的に進んでいるのだ。

 第二にグローバリゼーションの特徴の一つはマトリックス思考だと言える。正反対の、あるいは補完的価値を持つ2つの軸を設定しベストミックスを考える思考形態であり、正反対の力が同時に働く状況でもある。例えばグローバル企業を構築するためには本社機能への求心力と地域拠点への力の分散が同時にうまく働く仕組みをつくる必要がある。

 1991年12月のソ連邦崩壊で共産主義対自由主義という政治イデオロギーの対立のふたがとれると、民族のアイデンテイテイや文化のDNAが新たに重要な価値として浮上してきた。それと同時に貿易の自由化が進み、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)、南米共同市場(MERCOSUR)のような広大な自由貿易圏も出現してきている。グローバル化とは決して国境がなくなるという一方向だけの動きではなく、その裏では逆に統合の力が働く。世界が巨大な競技場のように拡大すると同時に、他民族や異なる宗教を信じる人たちに支配されたくない、自分たち自身の国を持ちたいという独立への強烈な願いが沸きあがる“拮抗した力”の時代なのだ。だからスコットランド、スペインのカタルーニアやバスクが自立を求めるのはグローバリゼーションの終焉ではなく、グローバリゼーションの特徴がもろに表れているとみるべきだ。

 第三にグローバリゼーションこそ島国の住民である日本人が“グローバル化の3種の神器”を手に入れて第二次世界大戦後の世界の構造から自由になる絶好のチャンスなのだと自覚してほしい。私が“3種の神器”とみなしている新しい価値は「グローバル視点」、「多様性(ダイバーシテイ)を理解し活用する能力」、そして「マトリックス思考」である。「グローバル視点」とは現代だけに当てはめるものではない。12世紀の世界はどうであったかとか、50年後の世界市場はどうなっているかとか、最大の時間軸・空間軸で人間がやってきたこと、人間の未来を見る視点である。「多様性」とは地球上に住む70億の多様な人たちを対等に平等にとらえ、彼らの価値観をありのまま理解して人類にとってプラスになる力として生かす能力である。そして「マトリックス」思考とは、軸がないか人間関係という軸一つで考えるのではなく、相反する軸2つをしっかり持ったままベストミックスをめざす思考パターンなのである。このどれも今までの歴史の中で日本人は本当に自分たちのものにすることはなかった。

 海外で長期にわたって仕事をしていた時、「日本人は柔軟性に富むと思うか、欠けると思うか」と現地の人たちに尋ねると10人中9人が「日本人は柔軟性に欠ける」と答えることが多かった。それで私は「日本人は枠組みを作ってしまうとその中で細かいところにも気を配り管理する能力が高いので枠組みをこわしたくないが、枠組みそのものがこわれると一晩で価値観を変えるような柔軟性を持っているんですよ」と明治維新、第二次世界大戦敗戦を思い浮かべながら説明しないではいられなかった。今は失われた20年の間にそれまでのフレームワークが徐々に崩れたあと東日本大震災で枠の一部がいっきょに崩れたところだ。ここで日本はじっくり構え、正しいグローバル化によって”3種の神器”を身につけ、第二次世界大戦で勝った連合国側中心の世界の枠組みを変える主要プレーヤーになっていく必要がある。

 微力ながらそれを「グローバル教育」の確立と導入という形で同じゴールを持つ人たちと実現していきたいと考えている。グローバリゼーションの終わりか、と安易にいう評論家の人たちの狭義の定義に惑わされ、日本にとってのこの最も重要な目的を見失うことがないようにしなければならない。

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