グローバル化を語る人は大勢いるが、グローバルに生きる人は少ない。グローバルに生きるとは、「世界の壁をすべて取っ払って全体をみることによって、眼からうろこがおち、今の世界を変えたい衝動をおさえきれず、行動に移す生き方」である。グローバリゼーションは、それが変革の方程式なる時、最大の意味をもつ。

 私は、大企業のグローバル人材育成を、文字通り真剣勝負で行っている。そこで感じることは、「世界市場で総合能力を発揮できる日本人を、1年に2~3日しかないセミナーでどうしたら育成できるだろうか?」「戦略をたて、全体を最適化していく地球規模のプロセスを、業界・業種毎と参加者の階層・担当ビジネス毎に直面する問題との二重のカスタム化をしながら、どう胃の腑に落ちるように実感してもらえるか?」ということである。
制限の多い環境だが、もし企業に入ってくる若者たちがすでに身につけていたら、もっとスピーディに理解が進むだろうと思われる能力がある。それは、グローバルに発想する力である。

 12月1日、東京都下の私立校のホールを借り、7校から25人の中3・高1の生徒を集めて、<地球村への10のステップ>という私が制作したグローバル教育プログラムの公開授業を行った。
イントロで、生徒たちはグローバル時代に生きる意味を学び、1992年に開催された、時代の幕開けの時に国連主導のリオ環境サミットで、当時12歳のカナダの少女が、「地球の直し方がわからないなら、壊さないでください」と世界の大人たちに訴えたスピーチを聞く。そして自分たちがデザインした超高速の乗り物に乗って、考えられないほど広大で真っ暗闇の宇宙へ飛び立つという疑似体験ワークからスタートする。振り返ると満地球が。生徒たちは何かとてつもなく大きな力を感じ、小さな地球に生命をもらった不思議さにうたれて宇宙飛行士のように地球に戻ってくる。
そこから10の宇宙駅を通って、地球規模の世界空間と何千年もの時間軸に沿って飛行記録をつけながら、地球村に向かう旅が始まる。まずは、古代ギリシャへ。最初に出会うのはコンピューターも飛行機もない時代に自然と日常生活をしっかり観察し、地球の大きさを初めて正確に測ったエラトステネスだ。彼はエジプトのアレクサンドリアにあった世界最大の図書館と隣接する学術研究所ムセイオンの長であった。ムセイオンは天文学、物理学、医学など各分野の専門家が知識を共有して世界の原理原則を総合的に極めようとしていたという。生徒たちは、夢を決してあきらめず、ついに地球の大きさを測ったエラトステネスに感動する。私は「世界全体を知りたい」という彼のおさえきれない情熱に共鳴し、グローバルビジネスも垣根や壁を壊して世界全体をよく知ることではじめて、オリジナルな発想や新しい世界への貢献の仕方がわかってくるのだ、という思いを強くする。

 <地球村>は人間がこれまでやってきたことを21のハイライトで体験していくプログラムである。第二次世界大戦全体を把握し、アンネの日記でそれを内から描いた少女の短い人生を自分も生きたように感じあとで、生徒たちは戦後67年間に起きた1000以上の戦争と素晴らしい業績を世界地図上に記録するパネルを作り比較。人間は残酷にもなれるし、すごい地球村をつくっていくこともできると実感する。そのあと、世界の異なる時代のリーダーたちが求心力を求めてルールづくりを行った現場に飛び、ヒントを得て、残酷な衝動に歯止めをかける<地球村>の新しいルール作りに取り組む。生徒の一人は「視点を変えることで見えなかったものが見るようになり、楽しかった」と自己評価表に書き込んだ。

 少なくとも小学校高学年と中3または高1の年代との二度、世界全体を1つのユニットとして体験できるグローバル教育を提供することにより、断片の積み重ねである今の学校教育に横串をとおしたい、というのが私の念願である。心の器が大きい人間を小さい時から育てないと、グローバルについていくら語っても世界は今までと変わらない。グローバルの反対がローカルなら両方の同時導入のよってダイナミズムを生むことができる。グローバルの反対が視野狭窄であれば、日本にとって大きな問題である。

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